カジノを運営するための事業組織について考えたい。まずカジノをどのような事業として規定し理解すればいいだろうか?さまざまな解釈はあろうが本論を進めるため単純に「賭博場を中核としてホテル・レストラン・商店街・小劇場・会議開催施設等を複合的・統一的に運営するビジネス」と定義してみよう。実際にマカオやラスベガス等のいわゆるカジノ街を訪れたとき誰もが見聞できる、いわばこの事業の表舞台、事業の顔を記述するとそうなる。さて事業であるからには収益を目的とした経済活動であり、その裏舞台の仕掛け、インフラが不可欠なのもまた当然である。それはいったいどのようなものであろうか。
本邦では賭博行為は刑法の規定により禁止されている。したがってカジノ事業を合法とするカジノ立国の諸国とは異なり、賭博にかかわる商行為(取引)とその社会的ルール(法制・慣例・収益計算・労務管理・価値感)が日々求められる現場(フィールド)は存在していない。他国のカジノをショールームとしてウインドウ・ショッピングするしかなかったわけだ。
仮にIR法が施行され一定範囲の賭博事業に行政のライセンスが認可された場合、国の内外を問わずあらゆる産業資本が日本の市場を求めて押し寄せてくるのは間違いないだろう。国内産業がこれを受けて立つという場面を考えたとき最優先事項は何だろうか。ひとつは各方面の国内事業者が自社の本業(製品/サービス/ノウハウ)をカジノ事業へ拡大・適用し評価したいと考えたとき、その現場をどこに求め、投入する人材をどこで獲得するかを解決するのが急務であることは確かであろう。
事業組織は事業目的を達成するために資金、人材、施設、情報を集め戦略的に構築するという点において他産業と同じである。カジノ事業にも現在の体系にたどりつくまでの興味深い産業史と伝統的な商習慣や商売の智惠があるのだがここでは割愛する。本稿はカジノ事業を特に経営トップから俯瞰したときにどう咀嚼・吟味して理解するかという現実的な課題に応えようとするものである。手っ取り早く理解いただくための手がかり(類例)は百貨店や銀行業などからも得られるはずだ。
本稿はいわゆるカジノ事業については、そもそもカジノ事業は1)何を売るのか、2)どんな組織・人材がいるのか、3)運営の実務と実態、4)不可欠の事業要素は何か、という視点から論じてみる。どれも歴史的・文化的な背景や、近代経営科学との関わり、世界市場の規模やサービスレベルの相違など共通する一般論があるのは承知している。ここでは筆者が実務経験を通して得た知見の一部をテコにして論を進めたいと思う。
「カジノとは何を売る事業か」
世界のカジノ立国においては、賭博ゲームの事業は国や自治体の認可(ライセンス)制となっていることが多い。その理由は二つある;課税対象の事業収益をきちんと把握できるための仕組みを決めるためと、顧客に公正なゲーム運営をするための管理行政基準を確定することである。カジノ事業者はこの2点、つまり事業収益計算の透明性とゲーム顧客に対する公平性を常に問われる社会的存在、というのがカジノを市民権ある立国事業にするための基本認識となっている。これにより人間の根源的な射幸心、「金銭を賭けて勝つ」という楽しみを事業管理下におくのである。
近年のカジノ事業は伝統的な賭博ゲーム(以下、ゲーミング)だけでなくホテルやレストラン、展示・会議を伴う国際イベント会場、巨大ショッピングモールなどを集めた複合ビジネスである。その中で一般に最も理解されていないのがゲーミングフロア(賭博場)での事業実態であろう。それはいかなるものなのか。
基本は簡単で、各種ゲームの結果(勝敗)を予測して掛け金を支払い、勝負に勝てば賞金を得、負ければ掛け金を失う、これだけである。顧客のプレイヤはゲームの勝敗に金銭を賭け、結果が良ければ安堵し次の出目に期待する。結果がでないときはそこまでの勝敗履歴を頭に置いて次の勝ち敗けを読む。この一連の推理と決断のプロセスが人をゲーミングに熱中させる。カジノはこの人間的行為の楽しみを顧客へ提供し、対価を得る事業である。
さてこのカジノ(賭博場)を事業として成立させるためどのような仕組みが要るのかを考えてみたい。周知のことだがカジノフロアで稼働するゲーミングテーブルはバカラ、ポーカー等のカードゲーム系、ダイスを使う系統など数多くある。またスロットマシンを代表例とするデジタル系ゲーム機もある。フロアの規模はさまざまだが、現代の大規模カジノでは数百台のテーブルを配置し、千を超えるゲーム機を林立させている。顧客は昼夜を問わずフロアでゲームに熱中する。これを事業とし経営するとしたら、どんな組織立てがあり、どのような組織管理が現に行われているか、また経営インフラとしてどのような管理システムを構築すればよいのか、人材をどう確保するのかという基本的な設問に具体的に応えなくてはならない。
「カジノ事業の組織・人材」- どんな特徴があるのか
いかにもカジノらしい、カジノ独自の組織と連携を挙げれば、ゲーミング部門/ケージ部門/サーベランス・セキュリティ部門であろう。カジノ自体を24時間体制で稼働させる場合はどの部門も3交代制で対応しなくてはならない。
各部門が活動するための指針としてカジノ事業者は標準運営手順(SOP)を定め、運用する。その具体的な内容は経営ノウハウのひとつとして厳秘されているが概要の一端のみ紹介(後述)する。各部門はそれぞれのSOPをマネジメント行動の規範とするのが普通である。
ゲーミング部門:
カードゲーム部門とデジタルゲーミング機部門に大別される。共にカジノにとっては顧客サービスの質を問われる重要な収益部門である。カードゲームはテーブルゲームとも呼ばれ、フロアでは顧客とディーラーと称する専門職員がテーブルを挟んで接客しながらゲームを進行させる。掛け金はゲームの種類にもよるが、テーブルごとに1ゲームごとの最小掛け金/最大掛け金として明示されている。
最も重要な業務は現に次々と進行するゲームの勝敗と配当計算・検算・確認を的確、正確に行うゲーミングフロアの要員管理である。テーブルゲームの場合はピットと呼ぶグループ分けした島管理となる。ピットを構成するテーブルごとに時々刻々と変動するチップ(トークン)の流れを追う管理であるほか、顧客と直接接するサービスの現場という定性的な面の管理も見逃せない。テーブルで顧客と相対するディーラーには接客業であることを意識させなくてはならない。男女、年令を問わず、華のあるディーラーには顧客が付く。顧客がリピータとなり長居してくれればテーブルの売上増にもつながるし、心付け(チップ)も増える(注:ディーラーへの心付け=現金やゲームチップを渡すこと=はカジノ事業者によっては規制されている行為であることに留意されたい)。
スロットなどのデジタルゲームは少額の掛け金で楽しめるため人気のフロアや島(様々に配置したゲーム機のグループ)を構成する。伝統的な貨幣や紙幣を受け払いするゲーム機であったが、実際には磁気カード/ICカードを使ったキャッシュレス方式へと変わりつつある。この変化は顧客の囲い込み(レピータ化)ニーズやゲーム機を保守/運営する経費削減ニーズにテクノロジーが支援した結果といえる。したがって市場展開の速度や深度はカジノの立地条件、特に労働コストとターゲットとする顧客層の選択により左右される。
ケージ部門:
正確な呼称はキャッシュア・ケージ(鉄格子で囲まれた出納窓口)である。顧客へゲーミングトークン(チップやカード)を販売し、トークンを現金化して払い出す出納部門である。その外観は絶えず顧客と接しながら現金やトークンを取り扱う窓口であり、市中銀行の店頭ならばテラーがいて後方サポート要員が待機する場面に相当する。
ケージはカジノが日々の事業キャッシュフローを把握する最前線でもあり、経営トップは常時、その報告を受け、実態を把握している。その後方には市中銀行とよく類似した計数・点検・保管のマン・マシンシステムが稼働する。最奥に鎮座するのは金庫室であり、入退室から現金・トークン等のモノ管理手順は厳格を極める。
カジノのキャッシュレス化が進んでもそれはカジノフロア内と顧客のポケット内でのことに過ぎないのであって、金庫室の実態はロバートデニーロ主演の映画「カジノ」でその一端を想像していただきたい(ただし映画のため相当に誇張してあるが)。
サーベイランス(SV)・セキュリティ(SC)部門:
SVは顧客が群れ集うゲーミングフロアとケージ窓口と後方業務の所要ポイントをCCTV等で遠隔監視し、ゲームの進行状況や現金/トークンの移動、それに伴う顧客の動態/従業員の管理行動を追跡・記録するのが主務である。その範囲はゲーミングフロア/キャッシュア・ケージ内部/構内の主要施設/建物外の主要ポイントと隅々までに及ぶ。CCTVで監視記録した事柄はいざと言うとき、法廷に提出可能な証拠(forensic evicence)となる。
SV部門はカジノ組織内でも孤高の存在で、所属する職員は他部署の人員との個人的なつきあいも制限される。管理事項・異常値・事実確認については他部署との調整などをせず事実を経営陣へ直接報告する義務を負う。また他部署内で現に進行している異常事態(顧客とのもめ事やゲーム進行時の計算ミスなどの過誤)を第三者として所見を陳述し、規定違反については是正指示を行う責任部署である。
SV要員はカジノのゲームテーブルで進行している事態の不審な行動や勝敗の判定、計算などを瞬時に判別できるプロ中のプロでなくてはならない。またSVの情報システムは企業ノウハウとして厳秘されているため、日常の機器の保全も普通の営繕・保守要員ではなくSV専門要員を必要とする。当然、SV監視センターはケージの金庫室と同様、カジノ構内でもセキュリティレベルの高い場所に配置する。このようにSV要員の資格要件は厳しいが給与体系などは他部署よりは厚遇するのが普通である。
セキュリティ(SC)部門はSVの指示を受けていわば現場で警察力として行動する部隊である。具体的には所定のスーツ姿でカジノ構内のあらゆる状況に眼を光らせ、状況を監視するほか、接客部門と連携して対応・対応する。またカジノ構内で偶発するあらゆる事態(盗難や火災等を含む)にいち早く初期対応し、顧客とカジノの利益を保護する役割を担う。
組織ワーク運営の規範:標準運営手順(SOP)
先に挙げたゲーミング部門/ケージ部門/サーベランス・セキュリティ部門はもちろん、マーケティング・人事労務・ホテル/レストラン等の各部門は、その行動の指針・規範を明文化しておく。これをSOPと呼ぶ。SOPはカジノ社業の目的を組織単位に分割・分担し、日々の運営の基準を定めた手順書である。組織内の職制と責任範囲はSOPに明記する。したがってSOPの改変は取締役会の承認を必要とする。
SOPはカジノ事業者のいわば経営ノウハウそのものであり社外秘扱いなので外部から伺い知ることはできない。その一端を直接知り得た経験からいえば、SOPの規定はつまるところその規定に対して日々の運営行動をどう評価し、是正するのかという課題と合わせて初めて意味を持つ。つまり「決め」があっても有効な基準として日々、組織運営がなされなくては無用の長物ということだ。これはあらゆる業態の事業管理に共通することであり、その面からカジノ事業もまた同じなのである。
ゲーミング部門のSOP目次例:
目的と基本方針
- ゲーム、顧客、スタッフに関わる問題を主管管理者へ明示すること;
- カジノ内で発生する重大事項の取り扱いについて意思決定・判断の管理レベルを明示すること;
- 企業として従業員に期待する事柄と責任を明確に規定すること;
- 客が親しめるゲーム運営を図ること;
- 可能な限り顧客が親しめるゲーム運営を図ること;
運営手順の指針
- ゲームを進行させるのに実質的に役立つ標準手順を規定すること;
- ゲーミングテーブルの運営現場での挙動が混乱や紛争に至らせないこと;
- 指導・周知・徹底させること;
- 本運営手順を従業員に指導・周知・徹底させること;
ゲーム別細則:
ゲーム進行の基本的な手順/基本ルールとハウスルール/禁止行為/過誤の扱い等、その内容は細部まであるが本稿では割愛する。
キャッシュア・ケージ部門のSOP目次例:
- 組織・職制の規定;
- 金庫室:現金/チップの取り扱い基本原則;授受する職群の基本的役割り;
- チップ室:金庫室の入退室手順;ゲーミングテーブルとのチップ受け払い手順と責任;現金の取り扱い手順;
- 現金出納管理室:現金出納の諸管理手順;
- カジノキャッシュア窓口業務:現金出納のテーブル窓口規定:
- スロットキャッシュア窓口業務:トークン出納の窓口規定:
- ジャンケット運営:ジャンケット(集客エージェント)の運営・管理手順;
- 財部管理/日次決算:財務部による日次管理手順;
- 偽造紙幣・貨幣の対応・管理手順;
- 顧客口座(現金/チップ)管理規定;
- 外貨管理規定;
- 送金管理規定;
- 緊急事態の対応管理規定;
- 帳票・伝票(サンプル);
- 社内管理証票
SV部門のSOP目次例:部門活動のためには他部門の行動規範を熟知する必要があり、その上で内規を設定しなくてはならない。そのため規定すべき項目が多くなる。
- 規定・目的・管理システムの概要
- SV運営の一般要件
- SV管理センターの実務
- CCTV監視システムの実務
- 情報の伝達細則
- 記録行動
- 文書化と報告
- コミュニケーションシステム
- 連絡手段
- 日次記録細則
- 日次報告細則
- ディーラの過誤/手順の過誤/手順規定違反
- 報告義務
- 要員の相互監視プログラム
- 写真撮影の要件
- 機器・機材の点検と障害対応
- ビデオ映像の公開
- 損害の発生源となったカードシューの取り扱い
- マスタファイルの取り扱い規定
- SV記録要請規定
- ビデオ管理規定
- カジノ運営管理システム
- 来訪者の対応
- 緊急事態の発令規定
- キー管理規定
- キャッシュアウト、バイ-イン、決済規定
- カードシュー、カード取り扱い内規
- シャッフル前カード倉庫の監視規定
- テーブルチップの補充と入庫規定
- 災害時の待避規定30. 停電、ゲーム保護
カジノ産業で求められる人材の育成
これは本稿に求められている主題のひとつである。日本に近く展開が予想されるカジノ産業を考えるとき、何よりもまず人材が足りない。賭け事を悪弊としてきた所以の遅れを嘆いても解決策は生まれない。
人材を育成する機関として学校が必要となるのは自明のことだ。同時に不可欠なのはカジノ事業の実務を体験できる現場(フィールド)だ。教室で理論と実務を学び、演習を行う;それを実践的に体験するOJT(実務研修)を実際に営業中のカジノで実現できればいい。しかし現実には不可能に近い。ここをどう突破するかだ。
おわりに
例えれば江戸末期に突如、黒船が出現したようなものかも知れない。往事、黒船を象徴する西欧の文物が日本人を驚かしたのは、大洋を航海する人や技術が現に目の前に現れたことだったろう。しかし先んずる江戸期にはそれを受け入れる素地は十分あったし、先人はそれを活用し受け入れることができた。
ゲームテーブル運営に求められる組織と役割りについて述べてきたが、それだけでは統合化リゾート事業運営までの道のりを望見したに過ぎない。カジノ事業の世界では日本は最後発の国である。しかしこれだけ巨大な産業分野が真空状態であったのだし、これを事業機会ととらえるのか、単に世相の流れのひとつと見るだけなのかは、本稿の埒外にある。新事業の好機と考えるとき、やるべき事柄は山積しているし、世界の同業事業者や業界から学ぶべき事柄は絶望的に多い。本稿がカジノ事業の実務についてなにがしかを理解する手がかりとなれば幸いである。